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執筆者の写真Futoshi Matsuki

あの日、忘れたくないと思っていた子ども心。

小学校6年生のとき、みんなは帰りの会が終わると同時に下駄箱に駆け出していました。早く学校を終わらせて遊びたい。でも、僕はいつまでも学校に残っていました。別に居残り勉強をさせられていたわけではありません。僕が残っていたのは、他でもなく、好きな人とずっと喋っていたかったから。

小学生のくせにませてましたね 〜。

ずっと教室で喋っていたり、遊んでいたりすると、職員会議が終わった先生が戻っていました。「あんたたちまだおったんね。はよ帰りなさい。」と追い出されてしまいます。

だけど、家に帰ってしまうと帰り道が逆方向のあの子と離れてしまうので、今度は下駄箱の前で日が暮れるまで遊んでいました。

あと数ヶ月で卒業。

大人になりたくない。ずっと子どものままでいたい。

もし大人になったとしても、いつまでも自分に素直でいたい。

今のこの気持ちや感覚を忘れたくない。

あの日、忘れたくないと思っていた子ども心を、最近、ふと思い出しました。

楽しいことに対するわくわく、

好きな人に対する高揚感、

先を知らないことに対する小さな不安、

友達や犬や家があることのなんとなくの安心感。

いつの間にか、それらの気持ちの純度が薄くなっていたような気がします。

大事にしてたのになぁ。

いろいろと知ってしまったんですね。笑

素直に喜べたり、わくわくしたり、

素直にありがとうと言えたり、

素直にごめんなさいと謝れたり。

あの日、大事にしたいと思っていた、自分が純粋に感じた気持ち。

これからは大事にできるように。

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